>新聞から雑誌、テレビまで垣根を超えて縦横に走り続けた筑紫哲也さん(73)が亡くなった。数少なくなった、戦争を知るジャーナリストの一人。ほぼ半世紀の間、メディアの世界に身を置き、戦後日本の姿を追い続けた。病を背負ってからも、その意欲は最期まで尽きなかった。
>「いつかこの日が来るかも知れないと思っていたが、本当に残念です」
>ニュース番組「筑紫哲也NEWS23」デスクを務め、親交が深かったTBS前報道局長の金平茂紀アメリカ総局長(54)は7日、電話取材に声を震わせた。「『多事争論』などで身をもって毎日戦っていた。テレビ報道にかかわった人間で筑紫さん以上の人は見あたらない」
>筑紫さんは敗戦を10歳で迎えた。59年に朝日新聞社に入社。68年から2年、米軍統治下の沖縄を追い、沖縄は終生のテーマとなった。大田昌秀・元沖縄県知事(83)は「筑紫さんほど沖縄の現場を本土に発信してくれた記者は後にも先にもいない。弱い立場の者への温かいまなざしと正義感にあふれた人だった」。
>70年代からはワシントン特派員や政治部記者として健筆をふるった。日本経済新聞客員コラムニストで早稲田大大学院教授の田勢康弘さん(64)は官邸記者クラブで席が背中合わせだった。「同僚と群れず、ひょうひょうとしていた。企業メディアの中でのジャーナリストの限界を突き破る闘いをずっとしていたのではないか」と話す。
>「朝日ジャーナル」編集長時代には、対談企画「若者たちの神々」など斬新な視点で注目を集めた。84年に対談した作家林真理子さん(54)は「時代の寵児(ちょうじ)として、物事を鋭く切っていく。怖い感じもした」と振り返る。「でも、海の物とも山の物ともつかない私をサブカルチャーの一員として認めてくれた」
>女優の渡辺えりさん(53)も84年に対談。その後は舞台のたびに渡辺さんの地元山形の日本酒などを手に楽屋を訪れた。「人情味のある方でした」。演出家の鴻上尚史さん(50)は「20代半ばの僕を取り上げてくれて以来、一度も欠かすことなく芝居を見に来てくれた」。数年前、芸術関係者のパーティーで、背広姿で会場が埋まる中、2人だけがラフな半袖シャツだった。鴻上さんの姿に「やっとまともな人間に会った」とうれしそうだったという。
>89年秋、朝日新聞社を退社し、「NEWS23」のキャスターに就任。激動する世界をお茶の間に伝えた。
>その視線は、自らが属する組織にも厳しく注がれた。取材映像をオウム真理教幹部に見せたことが坂本弁護士一家殺害事件につながったことが判明した際には「TBSは死んだに等しい」と発言した。ジャーナリストの田原総一朗さん(74)は「出演を続けることに批判もあったがそれが彼のやり方だった」と語る。
>雑誌「週刊金曜日」の創刊に携わり、市民運動などにも深い理解を示した。辻元清美衆院議員(48)は96年に社民党から立候補要請を受けた日を思い出す。引き留めてもらおうと自宅を訪れたが、開口一番で「やれ」と言い切られた。「泥船だからこそ乗れ。市民の政党に変えろ」
>その後、ジャーナリストの領分を逸脱しているとの批判もあったが、「おれには政治家辻元清美の製造元責任がある」と言い続けた。
>「平和や平等に強いこだわりを持って、戦後の一つのともしびのような役割を果たしてこられた」
>闘病中も朝日新聞の無料会員サービス「アスパラクラブ」のサイトでコラムを連載した。最後となった5月21日付では中東の紛争や軍事政権の閉鎖性に思いを巡らせ、次の一文で締めくくった。「歴史は繰り返さず、人間は変わるものだ――と信じたい」
SANSPO.COM:古舘、TV番組で“先輩”筑紫さん偲ぶ 2008.11.8 05:03
>TBS系「筑紫哲也 NEWS23」のメーンキャスターとして活躍したジャーナリスト、筑紫哲也(ちくし・てつや)さんが7日午後1時50分、東京・中央区の病院で肺がんのため亡くなった。73歳だった。
>「NEWS23」の“ライバル番組”ともいえるテレビ朝日系「報道ステーション」(月〜金曜後9・54)は7日、筑紫哲也さん死去を冒頭で約13分間報じた。番組メーンキャスターの古舘伊知郎(53)は「本当にテレビジャーナリズムの使命役目をずっと担い続けてきた方。その後に続く者の一人として、私としても、大変な任務なんだということを痛切に感じているわけです。本当に筑紫さん、お疲れさまでした」と“先輩”を偲んだ。
SANSPO.COM:久米宏、筑紫さん追悼「安心感があった」 2008.11.8 20:03
>フリーアナウンサーの久米宏(64)が8日、パーソナリティーを務めるTBSラジオの番組で、7日に死去した筑紫哲也さんについて、「もう一緒に仕事をできなくなっちゃった」などと追悼の思いを語った。
>同時期に「ニュースステーション」と「筑紫哲也NEWS23」のキャスターを務めたことに触れ、「僕がかなり乱暴なことを言っても、筑紫さんが後でフォローしてくれる安心感があった」。
>「キャスターとして筑紫さんが18年半、僕も18年半。2人とも随分長くやったなという感じですね」と振り返った。
SANSPO.COM:鳥越氏、筑紫さん死去に無念の涙 2008.11.8 05:04
>テレビジャーナリズムの“巨星”が、がん闘病の末に逝った。ソフトなルックスと「多事争論」の鋭い論評でお茶の間の人気と信頼を集めた筑紫哲也さん(享年73)。政治経済から映画スポーツまで博学ぶりと幅広い人脈でも知られた。ジャーナリスト仲間の鳥越俊太郎氏(68)は7日夜のTBS系「NEWS23」に生出演し、先輩の死に涙ぐんだ。
>「ここ数日、胸騒ぎがしていたんです」。タクシー内のワンセグで訃報を知ったジャーナリストの鳥越俊太郎氏(68)はサンケイスポーツの直撃にこう打ち明けた。
>「TBSに近況を電話で確かめたくらい。『もう長くはないかな』とある程度予想はしていたので、驚きはない」と鳥越氏。「でも、それでも早いな…」とつぶやいた。
>「ライバルではない。兄貴分ですね」。テレビ界で並び称される両者。驚くほど似通った道をたどってきた。
>ともに九州出身。「出生地も20キロ(大分県日田市〜福岡県吉井町=現うきは市)しか離れてないんだ」。入社先は朝日新聞と毎日新聞。それぞれ雑誌「朝日ジャーナル」、「サンデー毎日」の編集長も務める。そして1989年10月、TBS系「NEWS23」とテレビ朝日系「ザ・スクープ」のキャスターに同時転身。しかも鳥越氏も、05年からがん闘病の経験がある。
>「新聞記者、雑誌編集長、テレビキャスターをすべてやったのは筑紫さんと僕だけ」。7日午後11時半から放送の「NEWS23」にも生出演した鳥越氏は「本当に残念。貴重な存在を失った」と肩を落とし涙ぐんだ。
>サンケイスポーツには「ボクは道を歩いていても100万回くらい筑紫さんに間違えられたことがある」と思い出話も。「その話を本人にしたら『ボクも鳥越さんに間違えられたことがある』って。『それは1、2回でしょ』と返したら笑ってたなあ」と懐かしそうに振り返った。
>「日本と日本人の座標軸をテレビから提示し続けた人。こんな人は他にいない」。“弟分”は声を震わせた。
>同い年で親交があり共著を出したこともある楽天・野村克也監督(73)の話
>「昨年、番組(10月8日のNEWS23)に呼んでいただいた時にお会いしたのが最後だったが、その時も病気の話より野球の話をしておられた。誕生日が6日(筑紫氏は6月23日、野村監督は同29日)しか違わない同い年で、私は野球バカの世の中知らずだから、畑違いの筑紫さんに頭脳の違いを痛烈に感じて親しくなった。『人間、3人の友を持て』という言葉があるが、それは原理原則を教えてくれる人、人生の師、直言してくれる人のことを言うのだが、筑紫さんはまさに人生の師のように考えを仰ぐこともあった」
>「NEWS23」のキャスターを務めたフリーアナの草野満代(41)の話
>「夏前に井上陽水さんのコンサートにご家族とともにご一緒しました。お元気そうでしたので、療養しながら快方に向かわれるものと信じていました。あまりに突然の訃報で、茫然としています。9年間もの間、ご一緒させていただいたことに感謝いたします。もっと教えていただきたいことがたくさんあったのに、今は残念でなりません」
>筑紫さんに依頼され「NEWS23」のエンディングテーマ曲「最後のニュース」を提供した歌手の井上陽水(60)の話
>「筑紫さんの訃報に接し、とても残念な思いです。『最後のニュース』という曲は筑紫さんという存在がなければ出来上がらなかった曲です。筑紫さんのお陰で世に送り出せた曲です。ありがとうございました。こころから、ご冥福をお祈りいたします」
>ジャーナリストの田原総一朗さん(74)の話
>「彼は僕の1つ年下で、いわば同世代の頼りになる“戦友”だった。自分の意見を非常に鮮明に出すがゆえに、批判も多く受けていたが、彼が頑張っているのだから僕も、と思ってきた。それだけに、大ショックだ」
昨夜からの筑紫報道を見ると、その功績をたたえる的な論調がもっぱらでしたね。
まぁ、この国は、筑紫氏が大好きだった中韓とは違い、使者に鞭打つという所業を潔しとしないお国柄ではありますが。
しかし、TVメディアに携わる人間としてのその報道姿勢。
果して、それが的確なものであったのかどうか。
自ら「週間金曜日」の編集委員に名を連ね、市民運動にもつながりが深く、そのスタンスをそのままお茶の間に持ち込んだ偏向報道の数々。
今後は、そのあたりも、検証される必要があるのではないでしょうか。
すっごい滑るよ! - TBS不祥事の歴史年表
YouTube - 筑紫哲也 朝日新聞 田原総一朗 金子勝をボロクソに批判
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